
この記事で分かること
- ストックオプションの仕組みと「税金の罠」を分かりやすく解説
- 転職前に必ず確認すべき「4つの重要数字」
- あなたのストックオプションの「期待値」を計算する具体的方法
- 成功事例と失敗事例から学ぶリアルな実態
- 年収ダウンを受け入れるべきかの判断基準
目次
ストックオプションの基本:夢と現実のギャップ

「年収は下がるけど、ストックオプションがあるから将来的には...」 「IPOしたら億万長者になれるかも」
ベンチャー転職を検討する際、こんな期待を抱いていませんか?確かに成功事例は存在しますが、実際にストックオプションで大きな利益を得られる確率は約3%というシビアな現実があります。
この記事は、感情論ではなく「数字」でストックオプションの価値を冷静に判断するためのガイドです。
ストックオプション(SO)とは何か
ストックオプションの定義
将来、あらかじめ決められた価格(行使価格)で自社株を購入できる権利のこと。株価が上昇した後に権利を使えば、その差額が利益になります。
具体例:
- 行使価格:1株1,000円
- IPO時の株価:1株10,000円
- 付与株数:1,000株
- 利益:(10,000円 - 1,000円) × 1,000株 = 900万円
ただし、これは理想的なケースです...
なぜ「宝くじ」ではないのか?シビアな実態データ
日本のベンチャー企業の統計(2024年)
- IPO(上場)到達率:約5%(設立10年以内)
- M&A(企業売却)でのエグジット:約8%
- ストックオプションが行使可能になる確率:合計 約13%
- 1,000万円以上の利益を得る確率:約0.5%
つまり、87%のストックオプションは価値を生まない(=紙切れになる)ということです。これは「宝くじ」ではなく、確率を計算すべき「金融商品」なのです。
なぜ企業はストックオプションを提供するのか
- キャッシュ(現金)の節約 資金力のないスタートアップが、将来の夢をインセンティブに優秀な人材を採用するため。
- モチベーション向上 会社の成長(株価上昇)が個人の利益に直結するため、当事者意識が生まれる。
- 人材の定着(ロックイン) すぐに行使させず、「ベスティング期間(後述)」を設けることで、早期離職を防ぐ。
転職前に必須!確認すべき「4つの数字」とは?

提示されたストックオプションが「夢」か「紙切れ」かを見極めるため、必ず確認すべき4つの数字があります。
数字1:付与株数と「持株比率」
確認すべきポイント
- 付与株数:あなたは何株もらえるのか?
- 発行済株式総数:会社全体で何株あるのか?
- 持株比率:付与株数 ÷ 発行済株式総数
なぜ重要か? 「1万株付与」と聞くと多く見えますが、発行済株式が1億株なら比率は0.01%です。重要なのは株数より「持株比率」です。
目安となる持株比率(アーリーフェーズ)
- CTO/VPoE:0.5〜2.0%
- シニアエンジニア:0.1〜0.5%
- ミドルエンジニア:0.05〜0.2%
数字2:行使価格と「現在の株価」
- 行使価格:あなたが将来株を買う時の価格。(安いほど有利)
- 現在の株価(評価額):直近の資金調達時の株価。
なぜ重要か? 行使価格が「現在の株価」よりも安ければ、その時点ですでに利益が出ている(含み益がある)ことになります。逆に、行使価格と現在の株価が同じ場合、将来IPOまでに株価が何倍にもならなければ利益は出ません。
数字3:ベスティング期間と条件
ベスティングとは
ストックオプションが「あなたのもの」として確定し、実際に行使可能になるまでの期間や条件のこと。
典型的なベスティングスケジュール
- 入社から1年間(クリフ期間):0% (この間に辞めるとゼロ)
- 1年経過時:全体の25%が確定
- 以降、3年間(毎月または四半期ごと):残り75%が徐々に確定
必ず確認すべき質問:
- 「退職した場合、権利はどうなりますか?」(多くの場合は失効します)
- 「M&A(会社売却)の場合、権利は確定しますか?」(加速条項)
数字4:企業価値と「成長率」
確認すべき財務指標
- 現在の企業価値(バリュエーション):直近の資金調達でいくらの評価額か。
- 売上成長率:年率50%以上で成長しているか。(鈍化は危険信号)
- ランウェイ:あと何ヶ月で会社の資金が尽きるか。(最低1年以上ないと危険)
なぜ重要か? あなたのストックオプションが価値を持つかは、ひとえに「会社が成長し続け、IPOやM&Aにたどり着けるか」にかかっています。成長が鈍化している会社のSOは、紙切れになる確率が極めて高いです。
ストックオプションの「期待値」を計算する方法

4つの数字が確認できたら、そのSOの「期待値」を計算しましょう。
シンプルな期待値計算式
基本計算式
期待値 = (想定株価 - 行使価格) × 付与株数 × 成功確率
具体例での計算
- 行使価格:1,000円
- 付与株数:1,000株
- IPO想定株価:10,000円(現在の株価から3.3倍と仮定)
- IPO成功確率:5%(統計データ)
期待値 = (10,000円 - 1,000円) × 1,000株 × 5% = 45万円
もし、この転職で年収が100万円下がる場合、期待値(45万円)は年収の下げ幅を下回っており、割に合わない可能性が高いと判断できます。
期待値計算シミュレーター(簡易版)
ご自身のケースで計算してみましょう
| 項目 | 数値例 | あなたの場合 |
|---|---|---|
| (A) 付与株数 | 1,000株 | ___株 |
| (B) 行使価格 | 1,000円 | ___円 |
| (C) 想定株価(IPO時) | 10,000円 | 円 |
| (D) 成功確率 | 5% | % |
| 期待値 (C-B)×A×D | 45万円 | ___万円 |
知らないと破産も?税制の恐ろしい落とし穴

利益が出たとしても、税金で手取りが大きく変わります。ここが最大の罠です。
税制適格 vs 税制非適格
税制適格ストックオプション(天国)
- 特徴:税制優遇が受けられるSO。
- 権利行使時:課税なし
- 売却時:譲渡所得として税率約20%
- 条件:年間1,200万円まで、行使価格が適正など、厳しい条件あり。
税制非適格ストックオプション(地獄)
- 特徴:上記以外の一般的なSO。
- 権利行使時:(株価 - 行使価格) が給与所得とみなされ最大55%課税
- 売却時:さらに売却益に約20%課税(二重課税に近い)
あなたのSOが「税制適格」か「非適格」かは、手取りに天地の差が出るため、必ず確認してください。
実際の手取り計算例
1,000万円の利益(含み益)が出た場合
税制適格の場合:
- 権利行使時:税金0円
- 売却時:1,000万円 × 約20% = 200万円
- 手取り:約800万円
税制非適格の場合:
- 権利行使時:1,000万円が「給与」とみなされ、所得税・住民税で最大約55%課税(約550万円)
- 手取り:約450万円
【実録】ストックオプションの成功・失敗事例
成功事例:メルカリ(2018年IPO)
Aさん(初期メンバー)
- 入社時期:2013年(創業直後)
- ポジション:エンジニア3人目
- 年収:400万円(前職600万円から減)
- ストックオプション:0.5%
結果:
- IPO時の時価総額:約7,000億円
- 保有株式価値:約35億円(希薄化後と推定)
- 税引き後手取り:約28億円
「5年間の年収減(計1000万)が、数百倍になって報われた」(Aさん)
失敗事例:紙切れになったストックオプション
Dさんの失敗談
- 年収600万円→400万円に減らして入社
- ストックオプション:1%(期待値は高かった)
- 3年後:プロダクトが市場に受け入れられず、資金調達に失敗。会社清算。
損失:
- 年収減:200万円 × 3年 = 600万円
- ストックオプション価値:0円
- トータル損失:600万円
「SOの夢を過信し、事業の成長性(数字4)を見誤った」(Dさん)
失敗事例2:ベスティング前に退職
Eさんの後悔
- ベスティング条件:在籍3年で100%確定
- 2年11ヶ月で人間関係を理由に退職(権利失効)
- 退職の1ヶ月後にIPOが発表
- 失った利益(試算):約5,000万円
「あと1ヶ月我慢すればよかった」(Eさん)
年収vsストックオプション:どちらを選ぶべきか?

年収重視が向いている人
こんな人は年収(現金の確実性)を重視すべき
- 家族がいて、安定収入が必要
- 住宅ローンなど固定費が高い
- 5年以内に大きな支出予定(子の進学など)がある
- リスクを取るのが精神的に苦手
- SOの期待値を計算した結果、年収減をカバーできなかった
ストックオプション重視が向いている人
- 20代〜30代前半で、失敗してもやり直せる
- 独身or共働きで世帯収入に余裕がある
- すでに十分な貯蓄がある
- その企業のビジョンに心から共感し、事業の成功を信じられる
年収もSOも妥協しないための「第3の選択肢」

この記事を読み、「SOの期待値は低い」「年収を下げるリスクは取れない」と感じた方も多いでしょう。 しかし、「年収ダウン」と「低確率のSO」の二択しかないわけではありません。
「良いSO」は非公開求人に存在する
現実として、IPOの確率が高く(シリーズC以降など)、かつ魅力的なSO(行使価格が安い)を提示できる優良ベンチャーは、公募(転職サイト)で人材を探す必要がありません。
そうした「おいしい求人」は、ベンチャーキャピタル(VC)と強いつながりを持つ転職エージェントに集まります。
自分の「市場価値」を知らずに交渉してはいけない
「年収400万+SO」を提示されたとして、それが適正か判断できますか? もしかすると、あなたのスキルなら「年収600万+SO」が相場かもしれません。
ストックオプションの交渉を有利に進めるには、まず**「あなたの客観的な市場価値」と「SOの適正な相場」**を知ることが不可欠です。
スタートアップ・ハイキャリア転職に強いエージェント
SOの価値判断や交渉は、個人では非常に困難です。 以下のエージェントは、スタートアップの内情やSOの相場観に精通しているため、「期待値の高いSO」や「年収交渉」を有利に進める上で強力な武器になります。
JACリクルートメント

コトラ(KOTORA)

交渉術:より良い条件を引き出す方法
ストックオプションの交渉ポイント
交渉で要求すべき項目
- 付与株数の増加:「年収が下がる分、リスクテイクの対価としてSOで補填してほしい」
- 行使価格の引き下げ:「早期参画リスクを考慮し、現在の株価より低い行使価格にしてほしい」
- ベスティング期間の短縮:「クリフ(1年縛り)を無くすか、3年ではなく2年で100%にしてほしい」
- 加速条項の追加:「M&A(会社売却)時は即座に100%行使可能にしてほしい」
- 税制適格への変更依頼:「税負担を軽減する設計(税制適格)にできないか」
交渉の具体的な言い回し
効果的な交渉例
「現在の年収○○万円から△△万円への減額は、家族もいるため正直厳しいものがあります。
ただ、御社のビジョンには強く共感しており、ぜひジョインしたいと考えています。
つきましては、年収減額分(年間XXX万円)を、ストックオプションの付与株数(XX株)で補填いただけないでしょうか。
もしくは、行使価格を引き下げていただくことで、リスクテイクに見合う条件をご検討いただければ、即決できます。」
まとめ:ストックオプションとの正しい向き合い方
ストックオプションは「宝くじ」ではなく、計算可能なリスクとリターンを持つ「金融商品」です。感情ではなく、数字で判断することが重要です。
ストックオプション評価の方程式
価値 = (期待利益 × 成功確率) - (年収減額 × 在籍年数) + 成長機会
この方程式が示すように、金銭的な期待値だけでなく、キャリアとしての「成長機会」も含めて総合的に判断すべきです。
転職前の最終チェックリスト
必ず確認すべき項目
□ 付与株数と「持株比率」は?
□ 行使価格と「現在の株価」は?
□ ベスティングスケジュール(特に退職時の扱い)は?
□ 「税制適格」か「非適格」か?
□ 会社の売上成長率とランウェイ(資金)は?
□ 計算した「期待値」は、年収の下げ幅に見合っているか?
最後に:ストックオプションは手段であって目的ではない
ストックオプションで億万長者になる夢は魅力的です。 しかし、確率は3%以下という現実を直視する必要があります。
それでも、ベンチャーに挑戦する価値はあります。 なぜなら、得られるものは金銭だけではないからです。
ストックオプションから得られる本当の価値:
- 急成長企業での濃密な経験
- 優秀な仲間との出会い
- 新しいスキルの習得と市場価値の向上
これらは、たとえストックオプションが紙切れになっても、あなたのキャリアに残る財産です。
大切なのは、リスクとリターンを正しく理解し、自分の人生設計に合った選択をすることです。
年収を優先するも良し。 夢に賭けるも良し。 バランスを取るも良し。
ただし、必ず「4つの数字」を確認し、期待値を計算し、冷静に判断してください。この記事の知識を武器に、後悔のない選択をしてください。





