「うちの会社、退職金がないらしい」「SESだと退職金は出ないって聞いたけど、これって普通なのか」。給与明細や就業規則をふと見たときに、こうした不安が頭をよぎるエンジニアは少なくありません。長く勤めても退職時にまとまったお金が出ないとなると、将来設計そのものが揺らぐように感じるものです。
この記事では、エンジニアの退職金事情を、SES・SIer・自社開発・Web系といった業態別の傾向もふまえて整理します。「退職金なし」が本当に異常なのか、それとも珍しくないのかを、公的データをもとに冷静に判断できる状態を目指します。退職や転職を急かすためではなく、自分の状況を客観的に見て、次の一手を選べるようになることがゴールです。
結論として、IT企業、特に中小規模のSES企業で「退職金なし」は決して珍しくありません。厚生労働省の調査では退職給付制度がある企業は全体で約75%ですが、従業員30〜99人規模では約70%にとどまります。一方で「退職金なし=ブラック」とも言い切れません。重要なのは、(1)本当に退職金制度がゼロなのか(中退共など別制度の可能性)を就業規則で確認し、(2)退職金の有無だけでなく給与・スキル機会を含めたトータルで判断し、(3)不足分はiDeCoなどで自分でも備える、という三点です。
エンジニアの退職金「なし」は普通なのか
まず多くの人が一番知りたいであろう「自分の会社に退職金がないのは異常なのか」という点から答えます。データを見ると、答えは「業態と企業規模によっては、珍しくない」です。
公的データで見る退職金制度の導入率
厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付(一時金・年金)制度がある企業の割合は次のようになっています。
| 企業規模 | 退職給付制度の導入率 |
|---|---|
| 1,000人以上 | 約90% |
| 300〜999人 | 約89% |
| 100〜299人 | 約85% |
| 30〜99人 | 約70% |
注目したいのは企業規模による差です。大企業では9割が制度を持っている一方、従業員30〜99人の中小企業では約3割に制度がありません。IT業界、とりわけ中小のSES企業はこの規模帯に入ることが多く、結果として「退職金なし」の会社に当たる確率が他業界より高くなる傾向があります。
退職金制度は法律で義務づけられたものではありません。就業規則に退職金の定めがあれば会社はそれに従う必要がありますが、そもそも制度を設けていなくても違法ではない、というのが一般的な整理です。「退職金がない=法律違反」ではない点はおさえておきましょう。
なぜIT・SES企業は退職金がない会社が多いのか
IT業界で退職金制度が薄い背景には、いくつかの構造的な理由があります。エンジニア視点で分解すると見えやすくなります。
一つ目は、業界としての歴史が浅い会社が多いこと。退職金制度は長期勤続を前提とした積み立てであり、設立から日が浅い企業ほど整備が後回しになりがちです。二つ目は、人材の流動性が高いこと。転職でキャリアを作る文化が根強く、長期勤続インセンティブとしての退職金の優先度が下がりやすい。三つ目は、中小SES企業の資金体力です。常駐単価から利益を出すモデルでは、退職金原資を積み立てる余力が限られるケースがあります。
つまり「退職金なし」は、その会社が特別に悪質だからとは限らず、業態の特性が反映された結果であることも多いのです。判断を誤らないために、まずこの構造を理解しておくと冷静になれます。
「退職金なし」と思っても実は別制度がある場合
「退職金制度はない」と言われても、額面どおりに受け取る前に確認したいことがあります。エンジニアらしく、思い込みではなくログを確認する感覚で、自社の実態を一度デバッグしてみましょう。
中小企業退職金共済(中退共)に加入しているケース
中小企業が自社単独で退職金を運用するのは負担が大きいため、国がサポートする「中小企業退職金共済(中退共)」を利用している会社が多くあります。これは会社が毎月掛金を積み立て、退職時に従業員へ支払われる仕組みで、掛金は会社が全額負担します(給与天引きではありません)。
会社の人が「うちは退職金制度ない」と言っていても、実際には中退共に加入していた、というのはよくある話です。給与明細に「共済掛金」のような項目がないか、就業規則の退職金に関する条項に「中小企業退職金共済制度に加入する」といった記載がないかを確認してみてください。
中退共には注意点もあります。一般的に勤続1年未満で退職すると退職金が支給されない、あるいは掛金総額を下回ることがあります。短期離職が多くなりがちなエンジニアは、転職のタイミングによっては受け取れない可能性がある点を踏まえておきましょう。実際の支給条件は加入状況によって変わるため、詳細は会社や中退共の規定で確認してください。
企業型DCや給与上乗せ型のケース
福利厚生に力を入れている企業では、企業型確定拠出年金(企業型DC)を導入していることもあります。これは会社が掛金を拠出し、従業員が運用商品を選ぶ仕組みで、転職時にiDeCoや転職先の制度へ移しやすい(ポータビリティがある)のが特徴です。流動性の高いIT業界とは相性がよく、優良企業を見分ける一つの指標にもなります。
逆に、退職金として別積み立てをせず「退職金相当額を毎月の給与に上乗せ」しているケースもあります。この場合は毎月の手取りが厚くなる代わりに、退職時のまとまった支給はありません。どちらが得かは一概に言えないため、退職金の有無だけで会社を評価しないことが大切です。
- 就業規則・賃金規定に退職金や中退共に関する記載があるか確認した
- 給与明細に共済掛金やDC関連の項目がないか見た
- 労働条件通知書(雇用契約書)の福利厚生欄を確認した
- 不明な場合は人事・総務に直接問い合わせた
業態別に見る退職金事情の傾向
同じエンジニアでも、所属する業態によって退職金事情の傾向は変わります。あくまで一般的な傾向であり個社差は大きいですが、自分の立ち位置を把握する材料にしてください。
SES企業の傾向
中小規模の独立系SES企業では、退職金制度がない、あるいは中退共のみというケースが比較的多く見られます。一方で、大手SIer傘下や規模の大きいSES企業では制度が整っていることもあります。「SESだから一律で退職金なし」ではなく、その会社の規模と方針次第です。
SIer・大手系の傾向
大手SIerやその関連会社は、従業員規模が大きいぶん退職一時金や企業年金制度を備えていることが多い傾向です。長期勤続を前提とした設計になっていることも多く、退職金の観点では手厚い部類に入りやすいと言えます。
自社開発・Web系・スタートアップの傾向
自社開発やWeb系、スタートアップは、退職金制度を持たない代わりに、給与水準やストックオプション、裁量の大きさで還元する設計を取ることがあります。成熟した自社開発企業では制度を整えている場合もあり、ここも企業ごとの差が大きい領域です。退職金がない分、現金給与やエクイティ、成長機会を含めて総合評価する視点が欠かせません。
退職金は「後払いの給与」とも言われます。同じ年収でも、退職金がある会社は生涯で見た総報酬が上がる可能性があります。一方で退職金がない会社が毎月の給与を厚くしているなら、それを自分で運用に回すことで実質的に近い効果を得ることもできます。どちらが自分に合うかは、ライフプランと働き方次第です。
退職金がない場合に自分でできる備え
退職金制度がない、あるいは薄いとわかったとき、それを理由にすぐ転職する必要はありません。受け身の制度に頼らず、自分で備える選択肢があるからです。
代表的なのがiDeCo(個人型確定拠出年金)です。自分で掛金を積み立てて運用する制度で、掛金が所得控除の対象になるため節税しながら老後資金を作れます。退職金がない分の備えとして、エンジニアにとって有効な手段の一つです。あわせてNISAなどを活用し、少額からでも資産形成の習慣を持っておくと、会社の制度に左右されにくくなります。
まずやるとよいのは、自社の退職金制度の実態を就業規則で確認すること。その上で、不足を感じるならiDeCoやNISAなど自分でできる備えを一つ始めてみましょう。制度の有無を「会社を辞める理由」にする前に、自分でコントロールできる部分を整えると、判断に余裕が生まれます。
制度の改善余地があるなら、転職を即決する前に「今の会社で交渉できないか」「働き方や年収の不満は退職金以外の方法で解決できないか」も検討してみてください。退職金の有無は重要な要素ですが、それ単体で会社の良し悪しを決めるものではありません。
退職金を理由に転職を考えるときの判断軸
退職金がないこと自体は珍しくないとはいえ、それが「将来への不安」の入り口になっているなら、向き合う価値はあります。転職を検討する際は、退職金だけで判断しないことが失敗を避けるコツです。
具体的には、現金給与の水準、退職金や企業年金の有無、スキルが伸びる環境か、担当工程や技術スタックは市場で評価されるものか、心理的安全性や残業時間といった働き方、これらを並べて総合的に見ます。退職金がないことが、給与の高さや成長機会で十分に埋め合わされているなら、慌てる必要はありません。逆に、退職金もなく給与も伸びず、スキルも市場で評価されにくい状況なら、選択肢を増やす動きを始める価値があります。
よくある失敗が「退職金がないから」という一点だけで転職を急ぎ、転職先の総合的な条件を見落とすことです。退職金のある会社に移れても、給与が下がったり、扱う技術が陳腐化していたりすれば本末転倒です。転職する場合は、退職金の有無も含めて条件を一覧化し、優先順位をつけて比較しましょう。
「自分のスキルが今の市場でどう評価されるのか」「退職金や年収を含めて、他社ではどんな条件が狙えるのか」を知ること自体が、判断材料になります。転職するかどうかを決める前の情報収集として、転職エージェントに相談して相場感を確認しておくのも一つの方法です。
退職金や年収を含めて、今のスキルで狙える条件を知ることから始めましょう
転職するかどうかを決める前でも、自分の市場価値や、退職金・福利厚生を含めた他社の条件を知ることで、判断材料が増えます。IT・エンジニアに強いエージェントなら、業態ごとの違いもふまえて相談できます。
無料で相談してみる ※相談したからといって、必ず転職する必要はありません。
退職・転職前に整理しておくとよいこと
もし退職や転職に向けて動くなら、感情で動く前に状況を整理しておくと判断を誤りにくくなります。エンジニアが障害対応の前にログと事実を集めるのと同じ感覚です。
1. 自社の退職金制度を確認する
就業規則・賃金規定・労働条件通知書をチェックし、退職金や中退共、企業型DCの有無を事実として把握します。思い込みでなく書面で確認します。
2. 不満の中身を切り分ける
退職金、給与、スキル機会、働き方、人間関係など、不満を要素に分解します。転職で解決できるものと、今の環境でも改善できるものを分けます。
3. 自分の実績を棚卸しする
担当した工程、使った技術スタック、規模、成果を整理します。職務経歴書で評価されるのは「何をどう改善したか」の具体性です。
4. 市場感を確認する
転職するか決める前でも、エージェントや求人を見て相場を把握します。退職金を含めた条件で比較すると判断材料が増えます。
退職を切り出すタイミングや進め方は会社の就業規則によって異なります。一般的には退職希望日から逆算して余裕をもって相談し、引き継ぎや有給休暇の扱いも確認しておくと円満に進めやすくなります。トラブルが心配な場合や、強い引き止め・ハラスメントなどで自分から伝えるのが難しい場合は、状況に応じて専門家や退職代行といった手段を検討する余地もあります。ただしこれは最初に使うものではなく、まずは社内での確認や相談を優先しましょう。
よくある質問
SESで退職金がないのは普通ですか?
中小規模のSES企業では珍しくありません。厚生労働省の調査でも従業員30〜99人規模の企業の約3割は退職給付制度がなく、この規模帯に入りやすいSES企業ではゼロのケースも一定数あります。ただし「退職金なし」と言われても中退共に加入していることもあるため、まず就業規則を確認しましょう。
退職金がない会社は辞めたほうがいいですか?
一概には言えません。退職金がない代わりに給与が高い、スキルが伸びる、ストックオプションがあるなど、別の形で還元している会社もあります。退職金単体ではなく、給与・成長機会・働き方を含めた総合評価で判断するのがおすすめです。
中退共の退職金はいくらもらえますか?
掛金月額(月5,000円〜30,000円の範囲で会社が設定)と勤続年数によって変わるため、一律の金額はありません。掛金が高く勤続が長いほど増えますが、一般的に勤続1年未満では支給されないこともあります。具体的な額は会社の設定や中退共の規定で確認してください。
退職金がない分は自分でどう備えればいいですか?
iDeCo(個人型確定拠出年金)やNISAの活用が選択肢になります。iDeCoは掛金が所得控除の対象になり、節税しながら老後資金を作れます。会社の制度に左右されにくい備えを少額からでも始めておくと安心です。具体的な制度設計は最新の情報や専門家の助言も参考にしてください。
転職すれば退職金のある会社に必ず移れますか?
必ずとは言えません。大手SIerや成熟した企業は制度が整っている傾向がありますが、退職金があっても給与や担当工程が自分に合わないこともあります。退職金の有無も条件の一つとして、トータルで比較することが大切です。
まとめ:退職金の不安は、まず事実確認から始めよう
エンジニア、特に中小SES企業で「退職金なし」は珍しいことではなく、業態や企業規模が反映された結果であることも多いというのが実情です。だからといって我慢すべきという話でも、すぐ辞めるべきという話でもありません。大事なのは、不安を漠然と抱えたままにせず、事実を確認して選択肢を整理することです。
まずやるべきは、就業規則を開いて自社に退職金や中退共、企業型DCがあるかを確認すること。その上で、不足を感じるならiDeCoやNISAで自分でも備える。そして、退職金を含めた条件で今の会社と他社を比べてみたいなら、転職するかを決める前の情報収集としてエージェントに相場を聞いてみる。この順番で動けば、退職金の不安に振り回されず、自分で納得して次の一手を選べるようになります。退職や転職は目的ではなく、選択肢を増やすための手段です。今日できる小さな確認から始めてみてください。
退職金や年収の不安があるなら、まず自分の市場価値を確認してみましょう
今のスキルで狙える求人や、退職金・福利厚生を含めた他社の条件を知るだけでも、辞めるべきか続けるべきかの判断材料になります。IT・エンジニア領域に強いサービスを使えば、業態ごとの違いもふまえて相談できます。
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